代表ブログ

    コラム vol.13 【自粛解除】 2020/5/22

    •  幕府の重鎮で、明治維新後に外相などを務めた榎本武揚は、幼名を「釜次郎」といい、上には幼名「鍋太郎」の兄がいた。彼の父親は命名に当たって「子どもは家の鍋釜だ。」と話していたと伝えられる。

       鍋や釜は、生活になくてはならぬ物、朝となく夕となく掌に磨かれて艶の出てくる物、傷んだりするため心配りの怠れぬ物という意味で、なるほど、子どもに似ているように思われる。金物の修繕を生業とする人を「鋳掛師」というが、子どものこころを繕い、直す鋳掛師は親であり、教師であり、FCならばコーチであろう。心の鋳掛師が肌身離さず携えるべき道具をひとつ挙げるなら、「もしかして」の想像力をおいてほかにない。

       昨日、全世界を震撼させている新コロナ感染防止対策として全国に長く続いた緊急事態宣言であるが、首都圏・北海道に先立ち大阪府・京都府・兵庫県は解除された。2月28日(金)以降、平日練習を休止することとなり、学校も休校となった。その間、週末の数回はJ-GREEN堺に於いてゲームを中心とした練習に取り組んだが、多数参加した選手たちは嬉々としてプレーに没頭した。きっとStay homeに鬱憤した心情をため込んだのだろう。現地集合及び解散にも関わらず、マイカーにて送迎にご協力下さった保護者の皆様方には心より御礼申し上げたい。また、3月早々、春休み恒例のスキーリゾートは中止としたが、残念極まりない気持ちを隠しきれない選手たちを宥めて下さったご苦労にも感謝したい。

       この間、ほぼ3ヶ月に及ぶ自粛は子どもたちの生活リズムに大きなストレスをもたらした。本来ならば、学年末のまとめの時期であり、進級進学に伴うクラスメートとの別れの時期でもあった。そして、新しいクラスメートや担任の先生との出会い、学習をはじめとする学校生活の全てが、桜とともに訪れる春にスタートする。そんな希望にあふれる季節でもあるにも関わらず、家庭に委ねられた生活は保護者の皆様にとっては多大な負担であったと察する。それを支えたのは、「子どもは家の鍋釜だ。」とする榎本武揚の父親同様の、いやそれ以上の志に他ならなかったであろう。

       今後、休校や自粛解除が即ち原状回復となるわけではなく、第2波・第3波に備えて健康管理が必須となると考えられる。ここでも、保護者の皆様にはくれぐれもご留意願いたい。また、暑さに慣れない身体には暑熱対策も必要であろう。そして、メンタルケアや学習面のサポートなど、まだまだこれからもその解決に取り組んで頂きたい。選手の原状回復やクラブの立て直しなど山積する課題解決に向けて、我々指導者もその一翼を担えるよう取り組む所存である。この二度とあってほしくない経験が将来の糧となり、選手たちがより大きく丈夫な鍋釜に成長してくれることを祈りつつ…。

    コラム vol.12 【スポーツ・ジャーナリスト】 2020/4/29

    •  「あなたたちがスポーツ・ジャーナリストと呼ぶにふさわしいレベルになるまで、忍耐強く待ちます。」

       2006年8月15日(火)、アジアカップ予選『イエメン』戦を翌日に控えた公式記者会見の場において、オシム監督はこのようにコメントした。

       1週間後の8月23日(水)、M紙朝刊の運動部「記者の目」なるコーナーには、『第88回全国高等学校野球選手権大会』に関わる次のような記事が掲載されていた。
       『今、トップレベルのスポーツに科学は不可欠だ。そういう意味で、早実の優勝はグラウンド外も含めた総合力の勝利といえる。強豪校は今後、こぞってカプセルを探し、あの手この手で酸素の研究を始めるだろう。(中略)少しばかり見えてきたスポーツ科学の世界に、野球界も目を向けるべきではないか。』
       しかし、前日の8月22日(火)同紙夕刊の「スポーツワールド」なるコーナーにて、オリックス・エグゼティブ・アドバイザー「マリオン・ロバートソン氏」は次のように語った。
       『(前略)ニューヨーク・メッツの左のエース、トム・グラビンは、血液凝固が利き腕の左肩に見つかった。深部静脈血栓となれば、生命にも関わる問題であり、引退の危機もありうる。ランドルフ監督や選手たちのコメントは、「選手生命がこれで終わらないよう無理しないでほしい。」であった。(中略)グラビンは、過去16年間あまり、人差し指と中指のしびれと冷えを覚えていたと語っている。(中略)夏の甲子園は早実の初優勝で閉幕したが、体が成長期にある選手が投げる(変化球の投げ過ぎ・連戦の登板など)のを見ていて、グラビンの痛みがこの子たちには起きないようにと祈った。』と・・・。

       なるほど、来日3年半のオシムは、日本のマスコミを的確に評価している。
       優勝した早実・斉藤投手は176cm・70kgの華奢な体にも関わらず、たった16日間に、7試合69イニングス、948球を1人で投げ抜いた。しかも最後の4日間は4連投であった。準優勝の苫小牧・田中投手も6試合で742球であった。確かに、両投手の力投は見事であったし、猛暑の日本列島に大きな感動と清涼感を与えてくれた。そんな情緒論で埋め尽くされた心地よい新聞記事なら販売部数は増えるであろう。
       その上、日本高校野球連盟は、甲子園出場チームから選手を選抜して、8月29日、米国遠征に出発した。選抜チーム入りの両投手には、体力回復の時間が保証されているのだろうか?
       メジャーリーグの先発投手は100球を目処にマウンドを下りるという。また、次の登板までは中5日程度を空けるとも聞く。日本の高校野球とメジャーリーグベースボールとの考え方のギャップこそ、スポーツ・ジャーナリストが取り扱うべき記事ではないだろうか?説得力のあるロジカル・アーギュメントが可能な記者こそオシムの、いや我々の熱望するスポーツ・ジャーナリストである。

       今春、世界を前代未聞の恐怖に陥れている「新コロナウイルス」だが、その感染防止対策のため、緊急事態宣言が発出された。希望に満ち溢れた子どもたちの進級進学後の学校生活は、1ヶ月間の休校によってお預けとなった。無論、大好きなサッカーをはじめ、外出さえもままならないご時世である。
       「自分だけは大丈夫!」などという根拠のない感情は、正しい知識と現状の認識をもって「ここは我慢!」と乗り越え、自粛解禁・学校生活再開の折には心身ともより一層成長した姿を見せて欲しいと心より願う。

    コラム vol.11 【知恵の活用】 2020/3/20

    •  民族学者の『柳田 国男』が子どものころ、3歳の弟が豆腐屋へお使いに行ったときの話である。買ってきた油揚げは角が欠けていた。弟は母親に次のような釈明
      をした。「帰る途中、ネズミが走ってきて、ざるに飛び込んで食べていった!」
       躾に厳しい母親であったが、油揚げを味見した弟の言い訳を聞いて、叱ることなくただ笑ったという。後に、柳田はこう記している。
      「母は、快くこの幼児にだまされて、彼のいたいけな最初の智慧(ちえ)の冒険を成功させてやったのである。」と。

       アメリカ・テンプル大学の研究チームが画像解析装置を用いて被験者の脳を断層撮影した。平常時と失敗を取り返そうしている時とでは、活性化した部分の数に大きな開きがあった。前者の4ヵ所に対して、後者は7ヵ所だったという。特に、前頭葉の内側、どきどきした感情に関係する皮質が活性化した。80年以上も前、柳田は『智慧と冒険』において、この“どきどき感”を指摘している。

       さて、当FCに目を移してみよう。
       前代未聞の世界的大流行となった新コロナウイルスの感染防止対策のため、総理大臣の非常事態宣言に呼応して、今月、全国の小中高支援は休校となった。青天霹靂、学年末の追い込みであるこの時期に於ける休校は、学校関係者のみならず納入業者の方々も途方に暮れておられることと拝察する。とりわけ子どもたちにとっては、これだけ長期間に及ぶ不要不急の外出見合わせは初体験であり、ストレスの極みであろうと思われる。その間、学校からの課題を消化し、大好きなサッカー選手のビデオを研究し、近所の空き地でボール扱いやフェイントの工夫していたと聞き及ぶ。出口の見えない状況を如何に有効活用するか、彼らの前頭葉はフル稼働していたことであろう。そして、このピンチを乗り越えた経験は、彼らにとって今後の生活に反映されるものと信じたい。
       選手たちにはサッカー選手としてだけではなく、一般市民として順風満帆などありえない現実に対応するため、「如何に前頭葉を活用するか?」という課題解決方法を是非身につけて欲しいものである。

    コラム vol.10 【モチベーションアップ】 2020/2/22

     「私は、高校までの教育で本当に必要なのは国語、外国語、算数・数学だけで、これについては試験をし、徹底的に勉強させる必要があるが、他は話として聞かせ ておくだけでよいと思っている。」

     「京大史記」に寄せた化学者『児玉 信次郎』氏の文章が、米澤貞次郎・永田親義共著の「ノーベル賞の周辺」に紹介されている。
    没して20年余になる児玉氏は、ノーベル化学賞を受賞した福井謙一氏の師でもあった。そのタイトルは「孔子は弟子に試験をし採点したか」という。孔子は弟子に試験をしたのは事実であったのだろうか。いや、そのような話は聞かない。また、松下村塾を開いた吉田松陰も弟子に試験をした訳ではない。児玉氏は、「試験がなければ学生が勉強しないというのは、先生が魅力ある講義をしないからだ。受験地獄の今の状況では、ノーベル賞を受けるような学者や日本を背負って立つ指導力のある大人物は出てこない。」とも書いている。さらに、基礎学問の習得の大切さを説いた同氏だが、「自然科学者は文学や絵画、音楽など別の世界のことも身につける必要がある。」とも常々言っていたとも伝えられている。

     退職前の最終勤務先に於ける修学旅行の行き先は、晩秋の長野県飯田市で、冷涼な気候、快晴の天候、紅葉した木々など、申し分のない季節であった。目的は農業体験であり、全国でも珍しい取り組みなのだそうだ。長年、教員勤務した私にとっても初めて取り組む内容であったが、子どもたちの反応には大いに興味があった。子どもたちは男女混合10人程度のグループに分かれ、各々の農家へ向かった。私が引率したグループは、ご主人や奥様へのご挨拶のあと、まず案内された牛舎において乳牛の大きさに度肝を抜かれた様子であったが、早速乳しぼりや糞掃除に取り組んだ。特に、子牛のお世話は楽しかった様子であった。昼食後は柿のもぎり作業であった。そのコツを聞くやいなや、たわわに実った柿を片っ端からコンテナへ集荷していった。これがあの飯田名物『市田干し柿』となるのである。木の下の方の実を採る子、脚立に乗って上の実を採る子、木登りをしててっぺんの実を採る子など、息つく暇もなく1時間30分は瞬く間に過ぎ去っていった。子どもたちの作業のあとは、緑の葉っぱが残るのみであり、ご主人曰く、「ありがたいのぉ…。」であった。
     普段の学校生活の当番や奉仕活動に於いては、「しんどいだの、めんどうだの」とネガティブな言動が見せる子どもたちだが、「牛」や「柿の木」という対象物に向かってポジティブに仕事を済ませていく様子に目を見張った。児玉氏は化学の超エキスパートであるが、児童心理学のそれではないかと思わせるほど真理をついておられる。終了時刻が近づいてきてもなかなかやめようとしない彼らの様子からは、興味付けが如何に重要であるかを伺い知ることができた。

     さて、FCに目を転じてみると、モチベーションアップはいつになっても最大の課題である。低学年にはまず「サッカーを好きになる。」ようにさせ、「もっとサッカーしたい。」「次の練習や試合が待ち遠しい。」との気持ちにさせることが最優先の仕事である。だが、この時期には基礎基本を徹底的に身につけさせる事も同様に取り組むのである。中学年から高学年にかけての指導は、少しずつ自分の考えや工夫などのインテリジェンスに磨きをかけていくことが必要である。弟子に試験をしないでもじゅうぶん成長していくような指導を心がけなければならない。そして、我々を超える人間を育成できるような取り組みを実践していきたいと期する。

    コラム vol.9 【ソフトの充実】 2020/1/23

    •  外国船に砲撃を仕掛けた長州藩は、米英蘭仏の4カ国から報復攻撃を受け降伏した結果、巨額の賠償金を背負った。世に言う幕末の『下関事件』である。

       1874年(明治7年)、債務を引き継いだ明治政府に対し米国が提案した。「賠償金は返す。その金で留学生を交換したい。」と…。しかし、日本は戻ってきた金を横浜港の改修に使い、提案は幻に終わった。

       政治学者の『高坂 正堯』氏は、「留学生の交換に使うよりもたぶんその方(港湾整備)が正しかっただろう。」と、著書『不思議の日米関係史』で述べている。「貿易を興そうにも満足な港ひとつない途上国の日本にとっては、背に腹は代えられぬ選択であったろう。」とも述べている。開国間もない明治期だからこそ、このような擁護論も成り立つ。

       当FCに目を転じよう。当FCを運営するNPO法人は、素人集団ゆえじゅうぶんな予算や設備や備品等があるわけではない。そんな状況の中から、ユニフォームや備品を揃え、活動に不自由のない程度の物品が各学年に行き届くようになった。確かにFCが試合や練習をするには、前述のようなハード面の充実が急務であろう。しかし、より一層積極的に取り組むべきは、ソフト面の充実である。組織を形成する人材、つまり選手の育成と指導者の養成とサポーターの醸成である。選手は日々ポジティブに活動し、練習につけ試合につけ全力で取り組んだ結果、いかにも満足しているようである。特に低学年は、夕刻の寒空にも関わらず大歓声を上げ、汗だくになって走り回っている。私の目にはその光景が実に頼もしく映る。また、高学年は公式戦に於いて大活躍し、それに呼応するサポーターを熱くさせる。このような事象は、彼らを指導するコーチングスタッフの力量によるところ大である。平日の学生然り、週末の社会人然りである。さらに、情報開示や協力要請、FCのイベントや試合観戦によりサポーター組織は確実に具現化している。この三者が有機的に機能するような組織づくりが功を奏し現状があるが、それに甘んじることなく選手が心おきなく活躍できるよう働きかけを更に強めていきたい。

       百数十年前、米国が提案したとおり、国の興亡は人材の育成が鍵を握る。我々も先人に学び、組織として益々地域に貢献できるよう、さらなる組織の充実と発展を遂げる努力を惜しまぬ所存である。心躍る新年が幕を開けた。

    コラム vol.8 【新年を迎えて】 2020/1/9

    •  「会社を窮地に追いやる経営陣には二通りある。ひとつは馬鹿同士が仲良くしているか、もうひとつは利口同士が反目し合っているかのどちらかだ。」

       旧住友銀行の会長だった『磯田 一郎』氏の持説である。現実は千差万別で簡単に割り切れるものではあるまいが、企業の盛衰を多数目の当たりにされた銀行家の実感であったろう。賢愚の対立であれば勝負は長引かず、賢者同士が円満ならば至福となり、愚者同士のトラブルならばそもそも組織の体をなさない。実に見事な言葉である。

       『五百旗頭(いおきべ) 真(まこと)』防衛大学校長は、京都大学生時代の指導教官『猪木 正道』教授に仲人を依頼しに行った。『猪木』氏は、近く防衛大学校の三代目学校長に就任することを打ち明けて、一旦はその申し出を断られた。1970年当時、京都大学には左翼的な空気が強く、「防衛関係の仕事に就くのは学者の良心にもとる。」との考え方があった。だから、教え子を巻き込むのではないかと気遣った返答であった。『五百旗頭』氏は「国の安全保障という大切な職務を敢然と選択された先生の決断に賛意と敬意を表明し、改めて仲人をお願いした。」という。

       幕臣で、明治維新後に外相などを歴任した『榎本 武揚』は、幼名を『釜次郎』と名乗った。兄は『鍋太郎』といい、「子どもは家の鍋釜だ」という父親が命名したと伝えられる。なくてはならぬ物、朝となく夕となく掌に磨かれて艶の出てくる物、知らず知らずに穴があいたり傷んだりと、心配りの怠れぬ物、つまり子どもに似ているとの理由からである。近頃はほとんど見られなくなったが、かつては金物の修繕を生業とする『鋳掛師』という人がいた。この兄弟のような子どもの心を繕い、直す鋳掛師は親であり、周りの大人であろう。

       千利休の庭に朝顔の花が満開と聞いて、豊臣秀吉が「見たい。」という。「明朝に…。」と誘いを受けて秀吉が訪ねると、庭に花など咲いていない。利休は、秀吉を迎える朝、「朝顔をすべて摘み取り、ただ一輪を茶室に生けた。」という。「さすがは利休よ。」と、秀吉は称賛したと伝えられる。「もし、その一輪が天下人の来訪前にしぼみでもしていたら…。」「反逆とは紙一重、美の道を究める人は恐ろしいことをするものだ。」と、大茶人の凄みに敬服するほかはない。

       公私ともに、また当FCとしても、激動であった2019年を振り返ると、選手育成と組織運営の難しさを改めて知ることになった。そして、先人の生き様を教訓に、新たなる一年に漕ぎ出したい。

     

    コラム vol.7 【指導今昔】 2019/11/20

    • 「正規のプレートから投げますか? それともマウンドを降りて、捕手に近い場所から投げますか?」

       2001年10月、当時の米国大統領「ジョージ・ブッシュ」氏は、ニューヨークのヤンキー・スタジアムで始球式に臨んだ。本番前、ヤンキースの花形ショートストップ、キャプテンの「デレク・ジーター」選手は大統領に尋ねた。
       同時テロ直後のことで、防弾チョッキを着用していては思うように投げられそうもない。「マウンドを降りて投げよう。」と、大統領は答えた。
      空かさずジーター選手が言ったという。
      「ブーイングされますよ。プレートから投げるべきです。」
      例え相手が素人であり、大統領であっても甘えは許さない。グラウンドという聖地に立つ選手の誇りであろう。妥協を許さない頑固さは尊敬に値する。
      更にジーター選手は、正規の距離を投げようとする大統領にこう付け加えた。
      「ワンバウンドもブーイングですよ。」

       「19世紀は2人の偉人を生んだ。」と作家「マーク・トウェーン」氏は語る。
      「ナポレオンは武力で世界を征服しようとして失敗したが、ヘレン・ケラーは三重苦を背負いながら、心の豊かさと精神力で今日の栄誉を勝ち得た。」
      サリバン先生という優れた指導者が、ヘレン・ケラーを「言葉の森」へ導いたことは言うまでもない。師弟の出会いが、未知の高みへと続く扉を開けたのである。

       陸上界の名門、旭化成の「宮原美佐子」選手が本格的なマラソンを始めたのは22歳の時であった。思うように記録が伸びず、引退を考えていた彼女は「宗 茂」総監督に指導された。同氏の指導は長い距離をゆっくりと好きなだけ走らせることに特化した。1ヵ年後、見違えるように力が付いた。宮原さんは振り返る。
      「子どもに得意科目ばかり勉強させ、まず自信を持たせる。そして、その自信を展開させる。そんな練習方法だったんです。」
       1988年、彼女は日本女性として初めて2時間30分の壁を破る記録を残し、ソウルオリンピック代表として活躍した。引退後、埼玉県川口市議にもなった。宗氏は語る。「人間の可能性のすごさを教えられた。」と…。その後、同氏も某大学客員教授となり、師弟は未知の高みへと上った。

       さて、当FCに目を向けてみよう。1991年4月創設であるが、前身10年間を含めると足かけ40年近くにも及ぶ。その間、実に様々な選手たちが巣立っていった。のちに日本代表・Jリーグ・JFL・Fリーグで名を成した選手もいれば、ベンチを温め続けながらも現在もサッカーを続けている選手もまた然りである。教育のプロであった当方が地域に根差し、前者後者を問わずプライドをかけて小学校卒業までじっくり育成に傾注してきたのである。しかし、増加するクラブ員の中には、単に勝った負けたのみに終始し、サッカーを人生の教材としない事例が見られるようになってきたのもまた事実であり、今後の課題として、その啓発に取り組んでいく所存である。

       当FCには、誠意と情熱をもって選手を指導する為に、貴重な休日を提供している学生コーチや社会人コーチ、パパさんコーチが多数所属している。彼らはジーター選手並のプライドと宮原市議並の夢をもち、選手と一体化して未知の高みへと上ろうと積極的に取り組んでいる。そのような仲間たちに支えられた令和元年も余すところ6週間となり、間もなく迎える新春を更なる高みへのステップとしよう。

    コラム vol.6 【樹木と雨】 2019/10/25

    • 「ものの芽の 力に雨の 加わりぬ」   稲畑 汀子

       樹木の新しい芽に雨が降り注ぎ、成長する様子を詠んでいることは、誰もが感じるところであろう。さらに深く解釈すると、次のように読み取ることができる。
       樹木の芽には生まれながらに持つ「生きようとする力」が備わっている。自ら生きよう、大きくなろうとする力があって、そこに雨が降り注ぐからこそ成長するという。つまり、樹木が持つこの「大きくなろう」という本来の力こそが大事なのである。

       ここで、樹木の芽を子どもたち一人一人に置き換えて考えてみよう。
       作者は、子どもたち自身の「大きくなろう」という本来の力こそ、このうえなく大事であると述べている。それでは、雨は何であろうか?それは、子どもたちの力を助けてくれるもの、しかも、なくてはならないもの、と考えられる。最も身近な存在は、保護者であり、友だちや先生である。時には優しい霧雨のように、時には台風のような豪雨を降らせてくれる。その雨を、子どもたち自身がどのように受け止めるかが『人生の分水嶺』といっても過言ではない。また、裏を返せば、子どもたち自身も雨である。家族や友だち、老人、幼児、障害のある人たちにとってはかけがえのない存在であり、他人の人生を左右することもじゅうぶんありうる。

       生き物には必ずそれぞれ備わった力があり、人間はそれぞれが他人にはない大きな力をもっている。雨は多くの生き物が成長してよりよく生きる事に役立っているように、多くの人たちは自分がよりよく育つように関わってくれている。そして、樹木は人間にとって大切な空気をきれいにし、葉を落として大地を潤している。このように、樹木は自然のなかに生育し、環境の一部となって大いに役だっているのである。同様に、人もまた地域社会の一員として大きく寄与しているのである。

       さて、当FCに話を移そう。過日、5年生にとっては待ちに待った公式戦『チビリンピック』が開幕した。また、来月には『小学生大会』も予定されている。彼らは4年生の大阪府大会『スポーツデポcup』でベスト8に止まり、悔しい経験をした。その後、リベンジを期してお互いが切磋琢磨しながら個々のスキルアップとチーム作りを図ってきた結果、どの選手がピッチに立っても、また、システムやポジションを変更しても、チーム力が落ちることのない試合内容が可能となった。まさに、「大きくなろう」とする本来の力を発揮してきたように映った。それは、5年生全員と支援の4年生、また彼らに関わる保護者やコーチが雨となった成果である。
       間もなく楽しみ満載の11月を迎える。

    コラム vol.5 【進級と成長】 2019/9/20

    •  民族学者の『柳田 国男』が子どものころ、3歳の弟が豆腐屋へお使いに行ったときの話である。買ってきた油揚げは角が欠けていた。弟は母親に次のような釈明をした。「帰る途中、ネズミが走ってきて、ざるに飛び込んで食べていった!」
       躾に厳しい母親は叱らず、油揚げを味見した弟の言い訳を聞いて、ただ笑ったという。後に、柳田はこう記している。「母は快くこの幼児にだまされて、彼のいたいけな最初の智慧(ちえ)の冒険を成功させてやったのである。」と…。

       アメリカ・テンプル大学の研究チームが画像解析装置を用いて被験者の脳を断層撮影した。平常時と失敗を取り返そうしている時とでは、活性化した部分の数に大きな開きがあった。前者の4カ所に対して、後者は7カ所だったという。特に、前頭葉の内側、どきどきした感情に関係する皮質が活性化した。90年以上も前、柳田は『智慧と冒険』において、この“どきどき感”を指摘している。

       さて、当FCに目を移してみよう。
       今シーズン、6年生の在籍選手が0名のため、5年生はU-11リーグ・小学生大会・チビリンピックなどの公式戦はもとより、U-12全日リーグやライフcup及び6年生の招待などにも参加している。カテゴリーが上の試合では、パワーやスピードのみに頼ったり足先だけのプレーが通用するほど甘くないのが勝負の世界である。そんな中、過日のU-12全日リーグに於いては、3部リーグながら6年生チームを相手に逆転勝利を掴むことができた。スターティングメンバーは無論、チーム全員が協力し戦った結果である。コンディショニング・ネバーギブアップ・ベストパフォーマンス・コミュニケーション・リライアンス等々、多種多様に複雑な要素が絡み合う。そのコーディネーションはサッカー選手には必須であり、我々指導者はそのような力を持つ選手を育成するが事を要求されるのである。

       FCはサッカーのみならず、兵庫県香住・安木浜海岸でのビーチリゾートや長野県ブランシュたかやまスキー場でのスキーリゾート、茨城県流通経済大学への遠征等宿泊を伴うイベントを経験する事が、そのスキルアップに役立っているのであろう。何れも前頭葉をフルに活性化させ、集団行動に展開させている様子が見られるのである。その機会を与え、その神経系統を刺激し、そして彼らを少しずつ確実に成長させていくことが我々指導者の使命である。彼らはサッカー選手としてのみならず、将来は一般市民として生活していくのである。順風満帆などありえない現実に対応するため、「如何に前頭葉を活性化させ活用するか?」が課題であり、その解決に期待するのである。
       今年も残された3ヶ月の貴重な時間を大切に過ごすことにしよう。

    コラム vol.4 【コンプライアンス】 2019/8/20

     『より良い「品質」を追求する事により、お客様の「安全」を確保し、「安心」を提供する事は私達食品販売者にとっての社会的使命です。』これは、某大手スーパーストアの食品商品部門が、従業員に周知徹底しているマニュアルの一部である。

     在職当時、吹田市立教育センター主催の教育研修専門講座を受講していた私は、その一環として、同社において民間企業研修に参加した。2000年の雪印乳業食中毒・異物混入事件以後、数々の食品に関わる事件が起きた為、食品に対する関心や不信感や不安が高まっていた。それに呼応するように、食品安全基本法や牛肉トレーサビリティ法の制定など、生産者や小売業者の守るべき責務や役割は、より質の高いものが義務化された。そのコンプライアンス(法令遵守)確立の為、同社においては、全従業員がこのマニュアルをもとに高い認識をもち、顧客の信頼を勝ち得ていた。やはり、コンプライアンスは、一般市民にとって大きな意味と価値をもつものであると再認識させられた。

     教育公務員にとっては、法令遵守は絶対的なものである。また、大阪府教育委員会や吹田市教育委員会からの通達も然りであり、それに反すれば、当然、社会の信頼は失い、本人のみならず学校や教員、延いては教育関係者や公務員全体の信用失墜に至ってしまうのである。つまり、自分勝手な価値判断は何より禁物であり、コンプライアンスによる社会的信用が生命線である。法令の裏付けがある言動こそが、周囲の人々の後押しを呼び、その信頼関係が強固になる要因であり、子どもたちを通じて保護者や地域との連携を密にし、より開かれた学校教育を推進できるのである。これは、日本国憲法をはじめ、教育基本法、学校教育法、同施行令、同施行規則、学校保健法、教育公務員特例法などの法令や通達をじゅうぶん認識し遵守しているが故、構築できる信頼関係である。決して、自分勝手な思い込みや判断などの甘い考えでできあがる関係ではない。とりわけ公務員は、民間会社員以上にコンプライアンスを認識し実践する堅い決意を持たなければならないのである。

     また、日本サッカー協会(JFA)技術部は指導者養成グループが中心となって、サッカー界における暴力・暴言、ハラスメントの根絶を目指し、様々な取り組みの一環として、今年度より登録指導者の皆様向けに、KICKOFF上で閲覧できる学習コンテンツ(eラーニング)の設置をスタートさせ、本日、その最新版の案内が届いた。JFAはコンプライアンスを徹底させることを目的に、登録する全指導者に対して、このコンテンツの積極的な活用を促している。

     さて、当FCに目を移して見よう。当FCはNPO法人として、定款の基に組織運営を図っている。その目的には『健全な青少年の育成』が掲げられ、コーチングスタッフ(指導者)は無論のこと、正会員の皆様は準会員である子どもたちの心身を健全に育成させるべく、FCの活動には積極的に関わられている。指導者はJFA主催のコーチングライセンス取得の上、種々の研修会受講により自身のスキルアップに努めている。さらに、FC内に於いては指導者間の包括的なベクトル合わせに取り組んでいる。

     当FCには、いわゆる『保護者のお当番制』はない。強制的に割り振られたネガティブな活動は組織を脆弱化しかねない。見られるのは試合に関する連絡やアシスタント、練習時や試合時のアクセス、佐井寺小や千里たけみ小周辺のクリーン作戦など、ポジティブに活動されている正会員の姿である。これは、定款という言わば当法人の約束事を遵守しようと取り組んでおられる一コマである。それが、準会員である選手の励みになり、安全や安心につながっていく。紛れもなく正会員のコンプライアンスが健全な青少年を育成し、延いては当法人が更に成長発展していくのである。
     NPO法人はボランティア組織である。当法人の正会員の皆様は、コーチングスタッフとの協働により今後も法人会員としてのプライドをもって活動されるものと信じて止まない。コンプライアンス尊重の強い意志とともに…。

    コラム vol.3 【宥坐の器】 2019/7/20

     古代中国、『魯』の国を治めた皇帝『桓公』の朝廷には不思議な器があった。中が空の時は傾き、水を程良く注ぐとまっすぐ立つ。さらに溢れるほど満たすと再び傾いた。桓公はその器を常に傍らに置き、謙虚な心を忘れないよう自らの戒めにした。権力者が身辺に置くこのような道具を『宥坐の器』という。

     仕える主人に慎みのある振る舞いを促し、時に応じて耳の痛い進言をするのは、生ける『宥坐の器』、つまり側近の役目であろう。これは、如何なる組織にも共通することである。力強いリーダーに、知恵袋の参謀がサポートすれば、鬼に金棒。その課題は、必ずや解決に向かうものである。

     1997年、日本代表が初出場したフランスW杯のアジア最終予選。監督更迭の後を受けた『岡田 武史』新監督の参謀は『小野 剛』氏であった。当方が、関西選抜を率いてJFA少年選抜研修会(その後ナショナルトレセンU-12に改編、現FFP)に参加していた数年間、同氏にはたいへんお世話になった。地域代表者会議においては、関西代表である当方の言い放つ無理難題に対しても同氏は冷静沈着・理路整然と回答された。そして、オープン間もないJヴィレッジの天然ピッチ上を、子ども以上に傍若無人にはしゃぎながらサッカーに興じる多数の関西指導者に対しても、落ち着いたご指摘により目から鱗を落とさせて頂いた。
     また、現在、その参加は公認指導者のリフレッシュ研修会となっているが、当時は自主研修とされていた。それにも関わらず、関西からの参加者は比類無いほど多数であった。彼らは、自主的にレポートの編集とVTR(撮影から編集まで)を担当し、関西に持ち帰った。ここでも、関西トレセンを率いる当方を支えて頂いたH県FAのM氏には、今も感謝に絶えない。

     さて、当FCに目を転じよう。在職当時、公務に追われ、練習や試合の指導が行き届かない当方を支え、クラブを含めた法人運営に主体的に取り組んで頂いた会員諸氏諸姉には、今も心より深く感謝するとともに、懐かしく思えてならない。今後益々、FC選手の活躍の場が大きく展開されていくことであろう。その場づくりについて、参謀の役員諸氏諸姉とじっくりと相談することにしよう。宥坐の器に耳を傾けながら…。

      コラム vol.2 【一流選手と社会貢献】 2019/6/20

       NFL(アメリカ・ナショナル・フットボール・リーグ)のスタープレイヤー『パット・ティルマン(元セントルイス・カージナルス)』が、巨額の契約金を断り、陸軍レインジャー部隊に入隊した。その後、アフガニスタンにおいて27歳で戦死した彼に、アメリカ国民は心から賞賛と尊敬を送った。

       母国における彼は、極めて多くの才能に恵まれていた。卒業が難しいアメリカの大学(アリゾナ州立大学)を最優秀で卒業した。哲学や討論が好きであった。けんかの巻き添えになった友人を守ってその相手を殴り、訴追された経験もあった。伝統のローズボール出場も果たしていた。
       カージナルス入団後も活躍した彼には、2002年から3年で360万ドルの契約が提示された。だが、その更新を断り、年収1万7千ドル余りのレインジャー部隊に入隊し、アフガニスタン行きを志願した。
       そのニュースを知ったファンは、一様に「信じられない・・・?」と嘆いた。しかし、彼はこう答えた。「誰も俺を止められない!」
      日曜日(試合当日)のスターは、チアリーダーやファンやリポーターに囲まれているはずだった。だが、その前夜は1泊200ドルのホテルで夢の中だった。では、なぜ。学生の頃から「社会貢献をし、人々を助けたい。」と語っていた彼は、2001年9月11日朝、TVの中の大惨事を目にした。世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むという、前代未聞の犯行に及んだと声明出した首謀者が潜むとされるアフガニスタン行きを決意した。そして、図らずも待ち伏せに合った部隊の先陣を切り、彼は敵に向かって突撃したという。
       自分の夢と引き替えに、母国アメリカに貢献しようとした彼は、志半ばで27歳の短い生涯を閉じたが、大学とカージナルスは徹夜の追悼式を行った。さらに、カージナルスは新スタジアムの広場に彼の名を付けたという。

       さて、去る6月16日(日)早朝、当FCの選手たちが多数在籍する校区に位置する千里山交番の巡査が刺され、拳銃を奪われるという凶悪事件が発生した。大阪でも最も治安のいい地区だが、翌朝の容疑者逮捕まで住民は恐怖に慄いた。被害に遭われた巡査は、高校時代にはラグビーの佐賀県代表として全国大会に出場経験を持つという。大学でもラグビーを続け、一度は民間企業へ就職したが、「人のお役に立ちたい」という子どもの頃からの夢が捨てられず、大阪府警に応募したそうである。採用された後、今春から千里山に配属されたという。住民の評判は良く、信頼されていたと聞く。そのような熱い思いと未来ある若者が意識不明の重体との状況であることは甚だ気の毒であり、一日も早く回復されるよう心より祈りたい。その惨事をわがこととして、係る交番を校区に持つ千里第二小学校では巡査の回復を祈念する気持ちから、子どもたちが千羽鶴を折っているという。それこそが身の危険と隣り合わせの警官としての自分を納得させ、地域住民を安心させ、住民は心から感謝するという信頼関係であろう。

       喩えは少々無理があり迷惑かもしれないが、現在フランスにおいて開催中の女子World-cup参加のなでしこジャパンやブラジルにおいて開催中の南米選手権参加の日本代表若手チームには自身のためのみならず、日本国民に対する『社会貢献意識』をお願いしたいと切望する。今大会に於ける健闘が自信となり、よりレベルアップしたチームとなって、地元開催の『2020東京オリンピック』での好成績に繋がることを心より願う。

      コラム vol.1 【不条理なスポーツ】 2019/5/20

       サッカーがアメリカ合衆国でスポーツの主流になれない理由は、強い者が正当に勝てないからだという。アメリカンフットボールやバスケットボールのように強い者が力で勝つことを好むアメリカ人には、サッカーは「不条理なものであって、ルールのどこかが間違っている。」と見えるらしい。

       スポーツライターの『後藤 健生』氏は著書において、そう分析している。

       確かに、足でボールを操ると、目から遠い分だけ、またボールを全体の視野の中に入れにくい分だけミスが発生しやすい。そして、ボールのみに目を奪われると相手の選手は自由になり、思うようにプレーしてしまう。だから、得点しにくいし、格下のチームであっても必死に守りきって失点をなくすことができる。さらに、ラッキーも手伝えば、ワンチャンスで得点し勝つことが可能である。なるほど・・・。

       昨夏、熱戦が続いたW杯ロシア大会に於ける結果は如何であろうか?決勝トーナメント進出のベスト16には、優勝したフランスを筆頭に、クロアチア、ベルギー、イングランド、ウルグアイ、ブラジル、スウェーデン、開催国ロシア、アルゼンチン、スペインなど優勝経験をもつ世界トップクラスの6カ国が勝ち上がった。さらに、ポルトガルはEURO優勝の実績をもち、スイスはヨーロッパ予選トップ通過である。いわば、下馬評通りの結果と考えられ、2002年W杯のようなサプライズは見られず、日本もその例外ではなくアジアチャンピオンとしての実力を発揮した。ならば、いわゆる「不条理なスポーツである。」という考えを少しは転換させることが可能かも知れない。

       さて、当FCの5年生チームであるが、昨年度2月のスポーツ・デポカップ大阪府少年サッカー大会に於いては、ありがたいことに優勝候補の端くれに数えて頂いていたようだったが、HPリザルトにも報告したとおり、残念ながらベスト8にとどまった。確かにシュート数は多く、被シュート数は少なかった。ボールポゼッションも多少は上回っていた。しかし、0-1という結果は、明らかに力不足を露呈してしまった。フィニッシュの精度やタイミングなど選手個々の課題は勿論のこと、選手全員の試合に対するモチベーションやボール及びゴールに対する執念、選手間の連動性などが不足していたと考えられ、私の指導にも甘さがあったのかも知れない。優勝されたAVANTI茨木FCのみなさんには敬意を表するとともに、何か及ばない点があったのであろう。もはや世界最高峰のW杯のみならず、小学生の大阪府大会レベルに於いてもサッカーが「不条理なスポーツ」ではないことは明らかであり、当FC関係者全員がそれを再認識できたに違いない。練習は試合からのフィードバック、試合では練習どおりのプレーなど、理論と実践を調和させてはじめて好成績を残すことができ、たとえ敗退しても選手たちは納得できることであろう。練習でミスが続くプレーは、試合中に突然変異することなどありえない。そして、この理論と実践を如何に具現化し前向きに取り組んでいくかが、今後の課題となる。公式戦におけるリベンジに向かってステップアップしていく選手たちに期待したい。